古き良き探偵の時代

経験値が低い探偵が探偵業務の何たるかを語ることは意味がないでしょう。

そして、経験豊富な探偵ほど「口数で周囲を納得させる」ことは選択しないと言えます。

私が知る過去に在籍した探偵たちも同様の存在であったと認識しています。

それだけ実力を備えた探偵であったことは言うまでもありません。

古き良き探偵の時代は終わりを迎え、退屈な探偵稼業が現代の探偵に求められる姿と言えます。

心底、近年の探偵たちは退屈な業務しか経験出来ていないと感じる著者は「退屈な調査の連続に沈黙してしまう毎日」を過ごしているのです。

それでは過去の探偵がどのような依頼を受けて活動してきたのか?

言葉でここに残すということも可能とは思いますが、探偵の守秘義務から言葉にできないことは非常に残念です。

そして、過去にお世話になったコネクションである人物達にも迷惑が及ぶことから大きなニュースとなった事件の裏側や著名人に関わる調査案件のお話しが不可能であることも残念でなりません。

著者が若い時代の探偵は本当に映画に登場する探偵と大差ない調査業務を現実に実施していました。

現代の探偵にお話ししても何の意味もない昔話なのですが、子供たちはいつの時代も夢をもった存在であるため著者が年老いて小さな子供たちに話せる場面があったならば将来の楽しみとしてとっておきたいと考えます。

探偵は一人前になれば個性を発揮できる

探偵という職業は自身が実施する調査で個性を発揮することが可能となります。

毎回毎回、路上に立ち張り込みを実施する探偵もいれば毎回毎回、喫茶店や飲食店を張り込み場所として利用する探偵も存在するのです。

腕の良い探偵の個性には「意味が存在」し張り込みの判断一つとってみても「納得させられる」ことが少なくありません。

行動に意味のない探偵は逆に言うと「腕が大したことない」と簡単に判断できるのです。

過去に多くの時間を共にした先輩探偵たちの仕事ぶりは、想い返せば「意味のある張り込み」が数多く実施されていたと再認識されるのです。

自身の身銭を切って喫茶店で何杯もコーヒーをお代わりしながら張り込みを実施したり、出入り口が多数存在するパチンコ店の張り込みなどは、必要に迫られ交代でパチンコを遊戯しながら張り込みを実施する場面などが懐かしく楽しい仕事のエピソードとなって後に残るものなのです。

探偵につきものである日本全国で実施される出張調査も探偵業務の楽しい部分と言えるでしょう。

お金を掛けなくても名所に行くことが可能となることや名物を食する機会が自身の個性次第で可能となるのです。

全ては探偵として業務を任される存在(一人前の探偵)となることが前提にあるということは付け加えておきましょう。

半人前の仕事しかできない人物に多くの経費を必要とする調査は任せられませんから仕方のないことと言えるのです。

謙虚な探偵でいること

実力があり一人前の調査が実施可能な探偵ほど「謙虚な人物」であることが少なく有りません。

逆にインチキ臭い探偵ほど口先が重要であり、実力が伴わない人物が多く存在するものと感じます。

これはどこの探偵事務所でも同様なことが言える様子であり、同業で時々調査を共にする他社でも同じことが言えるようです。

探偵としての存在をアピールしたがる人物も同様に信用が低く、「探偵を職業としていることを他言したがる」傾向が強い様子です。

個人的な好みの問題なのですが「自身が探偵であることを他言する人物は好まない」傾向が私個人としてはあります。

理由はシンプルに探偵だからといって他者から頼られても「自身一人で可能なことは限定される」からなのです。

一言で調子に乗らないことが自身のアイデンティティーであると自己分析しており、あとで「なーんだ・・・期待外れ」という評価をいただくことに恐怖しているとも言えますね。

ページのトップへ戻る